釣り針の生産で日本一を誇るのが兵庫県です。県内の生産高は全国の約8割。地元の西脇市は、釣針・毛鉤ともに全国の総生産量の約90%を占めると紹介しています。
釣り具ブランドの名前を思い浮かべてみると、海辺の県を想像する人も多いのではないでしょうか? ところが産地は、海から離れた内陸の北播磨地域です。なぜ海のない町が"釣り針の聖地"になったのか。歴史をひもとくと、四国の職人のもとに身分を隠して住み込み、10年がかりで技を持ち帰った一人の庄屋の決断がありました。産地の中心地、代表するメーカー、そして今の技術まで、じっくり深掘りしていきます。
兵庫県が釣り針生産日本一である理由
兵庫県の公式サイト「兵庫県の地場産業」では、釣針について「県内の生産高は約8割を占めており全国一」と紹介されています。産地の1つである西脇市も、播州釣針と播州毛鉤は「ともに全国の総生産量の約90%を占めて」いると説明しており、数字の出し方に差はあるものの、国内で生産される釣り針の大半が兵庫県産であることは間違いありません。
驚くのは、このシェアがごく最近生まれたものではないという点です。播州で本格的な釣り針づくりがはじまったのは、幕末の嘉永4年(1851年)とされています。明治に入ると行商による販売地域が広がり、明治16年の第1回水産博覧会や明治23年の第3回内国勧業博覧会に出品して数々の賞を受賞しました。明治末期から大正初期にかけては手工業から機械製への移行も進み、量・技術の両面で産地が大きく伸びています。170年を超える歴史の積み重ねが、いまのシェアを支えているのです。
もう1つの顔が、渓流釣りなどに使われる「毛鉤(けばり)」です。「播州毛鉤」は昭和62年(1987年)4月18日、通商産業大臣(現・経済産業大臣)から伝統的工芸品に指定されました。伝統的工芸品産業振興協会は、国内の毛鉤生産の95%以上を占めると紹介しています。
産地の中心は加東市と西脇市。はじまりは土佐に10年身を寄せた庄屋でした
市区町村別の釣り針生産量は公的統計として公表されていないため、「県内No.1の自治体」を数字で決めることはできません。ただし、兵庫県は産地を加東市、西脇市および丹波市の周辺と説明しており、加東市周辺は釣針の単体販売、西脇市周辺は国内向けの釣針と毛鉤の生産が多いという特色があります。
加東市に事務所を置く兵庫県釣針協同組合は、2010年6月に「播州針」を地域団体商標として登録しました。指定商品は「兵庫県加東市・小野市・三木市で生産される釣針」です。一方、西脇市に事務所を置く播州釣針協同組合は、伝統的工芸品「播州毛鉤」の産地組合で、産地は西脇市と丹波市。北播磨の内陸に、釣針と毛鉤という2つの産地が隣り合っているわけです。
この産業の礎を築いたのが、加東郡下久米村(現・加東市)の庄屋、小寺彦兵衛です。兵庫県によると、播州の釣り針づくりは徳川末期に「飢饉救済手段として」土佐国(現・高知県)から技術が移入され、農家の副業としてはじまりました。
西脇市が紹介する記録によると、彦兵衛は天保13年(1842年)3月、土佐釣針の技法を知ろうと、家族と水杯を交わして故郷を発ちます。ところが土佐に着いても、教えてくれる人は誰もいません。そこで四国霊場の巡拝者を装って数年を過ごし、ようやく釣針職人の太田某と知り合うと、その下男として住み込みました。3年間忠勤に励んだ末に製法を授けられ、奥義を極めます。土佐での滞在は前後10年。故郷へ戻ったのは嘉永4年(1851年)11月のことでした(出発時期などには諸説あります)。
帰郷後の彦兵衛は、釣り針の強度を左右する「焼き入れ」に苦しみます。兵庫県釣針協同組合によると、壷の中へ炭を入れて焼いたところ見事に成功し、この難題を乗り越えたといいます。
実は、彦兵衛の本当のすごさはここからです。苦労して手に入れた技法を秘密にせず、弟子だけでなく同業者にも快く公開しました。その結果、釣り針づくりは播磨・丹波地方はもちろん、岡山県方面にまで広がります。西脇市はこれを「播州地方で釣針産業が発展した最大の要因」と位置づけています。子孫の話では、彦兵衛は帰郷後も何年も家に帰らず産地を訪ね歩き、改良を重ねていたそうです。所有していた田畑は、明治のはじめ頃にはほとんど人手に渡っていたといいます。
代表企業・ブランド紹介
播州の産地からは、釣り人なら一度は目にしたことのあるブランドが数多く生まれています。
「土肥富(どひとみ)」は、明治25年(1892年)創業の加東市の老舗です。明治40年に機械製の釣り針を完成させ、「機械製釣針の元祖」とも呼ばれています。
「がまかつ」は、1955年に西脇市で「蒲克鈎本舗」として創業し、1968年に株式会社がまかつを設立。現在は日本とシンガポールに本社を置き、グループ従業員約1000人を抱えるグローバル企業に成長しました。
「オーナーばり」は、1968年創業の西脇市の釣具メーカーです。「地場産業である鈎の伝統を基盤として」最先端の技術を取り入れ、ルアー用フックブランド「カルティバ」なども展開しています。
「ハヤブサ」は、1970年創業で三木市吉川町に本社を置くメーカーです。フィッシングブランド「ハヤブサ」のほか、アパレルやペット用品まで事業を広げています。
「ささめ針」は、1946年に兵庫県氷上郡で創業し、丹波市山南町に本社を置きます。釣針のほか、海釣りや投げ釣り、淡水向けの仕掛けを幅広く手がけています。
デザイン・技術のトレンド
播州の釣り針づくりの核にあるのは、先人から受け継いだ「焼き入れ」をはじめとする熱処理と、精密な自動加工の技術です。土肥富は、昭和24年(1949年)に自動整型機を開発して海外輸出を広げ、1971年には日本初の連続式ガス浸炭熱処理炉を導入しました。現在では月産2億本の製造が可能になっています。
市場はすでに国内にとどまりません。兵庫県釣針協同組合は、播州針が「日本の釣針から世界の釣針へと飛躍し、世界市場において高評価を得ている」と説明しています。オーナーばりは世界約70カ国に製品を販売し、ささめ針も1980年代から海外に生産拠点を築いてきました。
一方で、変わらない手仕事も残っています。播州毛鉤は、わずか1cm足らずの鉤に数種類の鳥の羽根を絹糸で巻き、漆と金箔で仕上げる工芸品です。西脇市によると、1つの毛鉤を仕上げるのにベテランでも10数分かかり、熟練者になるまで5年以上を要します。近年はその色彩や技法を活かし、アクセサリーとしての製品も生まれています。
訪ねる・買うなら、西脇市郷土資料館と道の駅 北はりまエコミュージアムへ
産地の歴史にふれたいなら、西脇市の「播磨内陸生活文化総合センター ドウジアム(西脇市郷土資料館)」がおすすめです。「郷土の織物とくらしの資料館」をテーマに、釣針や竹かご、播州織などの資料を展示しています。入館料は無料で、休館日は月曜日(祝日の場合は翌日以降の最初の平日)と年末年始です。
- 住所:兵庫県西脇市西脇790-14
- 開館時間:午前9時〜午後5時
- アクセス:JR加古川線「西脇市駅」からバスで「市民センター」下車、徒歩2分
おみやげに播州毛鉤を探すなら、西脇市観光物産協会が販売店として紹介している「道の駅 北はりまエコミュージアム」へ。播州織製品や地元の特産品もそろっています。
- 住所:兵庫県西脇市寺内字天神池517-1
- 営業時間:午前9時〜午後7時(11月〜2月は午後6時まで)
※営業時間や取り扱い商品は変わる場合があります。お出かけ前に公式サイトで確認してください。
まとめ
兵庫県が釣り針生産で日本一であり続けているのは、単なる偶然ではありません。飢饉に苦しむ農村の副業として技術を導入した「土地の事情」と、身分を隠して10年がかりで技を持ち帰り、それを惜しみなく周囲にわけ与えた小寺彦兵衛という「人の物語」。この2つが重なり、加東市の播州針と西脇市の播州毛鉤という2つの産地が北播磨に育ちました。いまでは月に億単位の釣り針を生み出し、世界の釣り人にも届けています。次に釣り具売り場でフックのパッケージを手に取ったら、裏面の所在地をみてみてください。そこに「兵庫県」の文字があるかもしれません。
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✅出典
- 兵庫県/釣針|兵庫県
- 地場産業「播州釣針」/西脇市
- 播州地方における釣針のはじまり|兵庫県釣針協同組合
- 播州針とは|兵庫県釣針協同組合
- [INPIT]播州針|独立行政法人 工業所有権情報・研修館
- 播州毛鉤|伝統工芸 青山スクエア
- 会社概要|株式会社土肥富
- 「播州針」土肥富のご案内|株式会社土肥富
- 会社情報|がまかつ
- 会社案内|株式会社オーナーばり
- 私たちのこと|会社概要|株式会社ハヤブサ
- 会社情報|株式会社ささめ針
- 西脇市郷土資料館/西脇市
- 体験・土産にしたい匠の技と味|にっぽんまんなか紀行(西脇市観光物産協会)
- 道の駅 北はりまエコミュージアム/西脇市