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【日本一】現存する日本最古の祭りは葵祭(京都府)!祇園祭より300年古い理由

2026年7月26日

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【日本一】現存する日本最古の祭りは葵祭(京都府)!祇園祭より300年古い理由

現存する日本最古の祭りは、京都府の葵祭(賀茂祭)です。しかも、その差はちょっとやそっとではありません。

「京都の古い祭り」と聞くと、多くの方はまず祇園祭を思い浮かべるのではないでしょうか。実はこの祇園祭、起源の古さでは葵祭に約300年も及びません。
では、なぜ葵祭がこれほど古くから続いているのか。理由をひもとくと、平安京が誕生するよりも前、欽明天皇の時代にまでさかのぼります。祭りを支える上賀茂神社・下鴨神社の由緒や、実際に巡る際のおすすめルートまで、じっくり深掘りします。

京都府の葵祭が「現存する日本最古の祭り」である理由

まずはデータから見てみましょう。

京都市公式・京都観光Naviによると、葵祭の起源は『賀茂旧記』に記されており、欽明天皇(在位539〜571年)の頃、国内で風雨が激しく五穀が実らなかったため占わせたところ賀茂大神の祟りだと分かり、旧暦4月の中酉の日に馬を走らせて神に祈る祭礼を行ったのがはじまりと伝わります。ここから数えると、約1500年前にさかのぼる祭りです。

比較するとその古さがよく分かります。
八坂神社の祇園祭は869年(貞観11年)の疫病鎮めが起源とされ、1100年を超える歴史を持ちますが、葵祭より約300年新しい祭りです。奈良・春日大社の春日若宮おん祭は1136年にはじまり、開始以来一度も途絶えたことがないと伝わる「連続開催」の長さでは際立つ祭り(約890年連続)ですが、起源の古さでは葵祭に及びません。
三重県熊野市の花窟神社の例大祭も『日本書紀』の神話に由来するとされることがありますが、現在の祭祀形式がいつから連続しているかを示す一次資料は確認できず、信頼度の高い比較対象とはいえません。

では、なぜ葵祭がこれほど古くから続いてきたのでしょうか。理由は大きく2つあります。

ひとつめは、平安京が置かれるよりも前から、賀茂氏がこの地で祭祀を続けていたことです。
欽明天皇期の祭礼は、疫病や飢饉を鎮めるための地域信仰としてはじまりました。平安京遷都(794年)で都がこの地に置かれたことで、もともとあった賀茂の祭祀が図らずも都の守り神の祭りへと格上げされたのです。

ふたつめは、律令国家が公式行事として組み込んだことです。
弘仁10年(819年)、朝廷は葵祭(賀茂祭)を律令制度のなかでもっとも重要な恒例祭祀に准じる国家的行事に定めました。平安中期の貴族の間では「祭り」といえば葵祭を指すほどの権威ある行事だったと伝わっています。地域の信仰が国家の後ろ盾を得たことで、単なる地方の祭礼では終わらない格式と継続性を手に入れたわけです。

代表的な社寺:上賀茂神社と下鴨神社

葵祭を今日まで支えてきたのが、京都市北部に鎮座する上賀茂神社(賀茂別雷神社)と下鴨神社(賀茂御祖神社)の2社です。

上賀茂神社は、雷の神として知られる賀茂別雷神(かもわけいかづちのかみ)を祀る神社です。下鴨神社は、賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)と玉依媛命(たまよりひめのみこと)を祀り、境内には「糺の森(ただすのもり)」と呼ばれる原生林が広がります。両社はそれぞれ山城国一宮に数えられ、平安京遷都後は都の守り神として朝廷から篤い崇敬を受けてきました。

創建年代を特定できる史料は残っていませんが、欽明天皇期にはすでにこの地で祭祀が行われていたと伝わることが、葵祭の古さを裏付ける根拠のひとつになっています。1994年(平成6年)には、両社とも「古都京都の文化財」としてユネスコの世界文化遺産に登録されました。

地域の祭り・行事との関わり:路頭の儀の規模と中断の歴史

葵祭は現在、毎年5月15日に斎行されています。
もっとも知られる「路頭の儀」は、馬36頭・牛4頭を含む500名を超える行列で、平安装束に身を包んだ人々が京都御所の建礼門前から下鴨神社、上賀茂神社へと練り歩きます。行列そのものの長さは約1km、御所から上賀茂神社までのコース全体では約8kmにおよぶ、大規模な行事です。

祭具や装束をフタバアオイで飾ることから「葵祭」と呼ばれるようになったのは、元禄7年(1694年)の再興以降のことで、それ以前は「賀茂祭」と呼ばれていました。

ただし、1500年間ずっと途切れずに続いてきたわけではありません。
応仁の乱(1467〜1477年)のあとは約200年間中断し、元禄6年(1693年)に再興されました。そのほかにも明治4年から16年、そして昭和18年から27年(戦中・戦後)にも中断や行列中止があります。それでも祭祀そのものが完全に途絶えることはなく、王朝装束の伝統は忠実に受け継がれてきました。この「中断はあっても廃絶しなかった」継続性こそが、葵祭を"現存する"日本最古の祭りたらしめている理由だといえます。

巡るならこのルート(豆知識も交えて)

実際に葵祭やゆかりの神社を巡るなら、次のような流れがおすすめです。

路頭の儀の当日は、京都御所を10時30分ごろに出発した行列が、丸太町通・河原町通を経て11時40分ごろに下鴨神社へ到着します。下鴨神社で「社頭の儀」を終えたあと14時20分ごろに再出発し、下鴨本通・北大路通を通って、15時30分ごろに上賀茂神社へたどり着くのが例年のおおまかな流れです(年によって時刻は変動するため、訪れる際は事前に最新情報を確認してください)。

行列を見送ったあとは、両社をあわせて参拝するのも楽しみ方のひとつです。
下鴨神社の御朱印の初穂料は約500円、上賀茂神社は約300円です(執筆時点。参拝・御祈祷とは別料金のため、社務所で確認してください)。

訪れるなら、路頭の儀が行われる5月15日が一番のおすすめです。
雨天の場合は16日に順延されることがあるため、旅行の計画には予備日を用意しておくと安心です。下鴨神社の糺の森は新緑の季節も見応えがあり、祭り以外の時期に訪れても静かな古社の空気を味わえます。

まとめ

葵祭が現存する日本最古の祭りであり続けてきたのは、平安京より前からこの地に根づいていた賀茂氏の祭祀という「土地の物語」と、律令国家による格上げ、そして応仁の乱後の再興という「人々の物語」が重なり合った結果でした。
「京都の祭り」と聞いてまず祇園祭を思い浮かべていた方も、実はそのさらに300年前から続く祭りが、いまも変わらぬ装束と行列で京都の初夏を彩っていることを知れば、一度は路頭の儀を自分の目で見てみたくなるのではないでしょうか。

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