いちごの生産量で日本一といえば、真っ先に名前が挙がるのが栃木県です。しかもこれ、今年たまたま1位だったわけではありません。なんと57年間、一度も王座を明け渡していないのです。
半世紀以上も1位を守り続けられた理由には、気候や土壌だけでは説明しきれない物語がありました。
県内でいちごの聖地と呼ばれているのはどこか、今いちばん話題の品種は何か、地元で人気の食べ方をはじめ、どのように愛されているのかまで、じっくり深掘りしていきます。
栃木県がいちご生産日本一である理由
まずは、いちごに関するデータから見てみましょう。
農林水産省「令和6年産・作物調査(野菜)」(2025年8月31日公表)によると、2024年産いちごの収穫量1位は栃木県で25,700t、全国シェアはなんと16.4%。2位福岡県(14,400t)、3位熊本県(11,100t)、4位愛知県(10,500t)、5位静岡県(10,100t)を大きく引き離すダントツの数字です。
しかし驚くのはここからです。
栃木県が収穫量日本一の座についたのは昭和43(1968)年。そこから令和6年産まで、実に57年連続で1位の座を譲っていません。産出額にいたっては30年連続日本一。歴代の総理大臣が何人入れ替わったか思わず数えたくなるほどの、長期政権ぶりです。
では、なぜイチゴの生産地として強いのか。
ひとつは気候の恵みです。栃木県は内陸型気候で、夏冬・昼夜の寒暖差がとても大きい土地。この寒暖差こそが、いちごに「甘さのスイッチ」を入れる鍵なのだそうです。
しかも冬は晴れの日が多く日照時間もたっぷり、土壌は肥沃で水も豊富。おまけに首都圏まで目と鼻の先で、朝穫れたいちごをその日のうちに大消費地へ届けられる立地も味方につけています(出典:JA全農とちぎ「いちご収穫量日本一の理由」)。
でも実は、これだけでは「日本一」は説明しきれません。
もうひとつの主役は人です。戦後まもなく、足利の農業技術者・仁井田一郎氏が「お米の裏作に何かいい作物はないか」と探し当てたのが、いちごでした。
昭和25年頃から栽培技術を磨き、それを教わった旧二宮町(現・真岡市)の農家たちが試行錯誤を重ね、本来は初夏にしか穫れなかったいちごを、冬から出荷できる作物へと作り変えていったのです。県はその歩みを後押しするように、昭和59年に「女峰」、平成8年に「とちおとめ」と自前の品種を次々に生み出し、平成20年には全国初となる「いちご研究所」まで開設しました。気候という「天の恵み」と、技術を磨き続けた「人々の努力」がかけ合わさって、57年連続日本一という記録が生まれたというわけです。
県内で最も生産量が多いのは真岡市でした

では、栃木県の中でも「本当のNo.1」はどこなのでしょうか。
答えは真岡市です。作付面積は約130ha、生産農家は400戸以上、年間生産量は約6,800トン超、販売額は年間約86億8,000万円(JAはが野調べ、2023年産)。
ここまで聞くと「そういうものか」で終わりそうですが、比べてみるとその強さがはっきりします。栃木県公式の市町村別データ(2020年農林業センサス)では、2位栃木市が65ha、3位鹿沼市が44ha。真岡市はその2位に2.5倍以上の差をつけているのです。県内No.1どころか、ほぼ独走と言っていいでしょう。
なぜ真岡市がここまで強いのか。実は前段でご紹介した「促成栽培の技術」を最初に本格導入したのが、まさにこの真岡市(旧二宮町)でした。
昭和31年、仁井田一郎氏に教えを請いに何度も足を運んだ地元農家たちが栽培をスタートし、露地栽培からトンネル栽培、さらに高冷地育苗・夜冷育苗へと技術を磨き上げた「発祥の地」のひとつなのです(東物井地区には「二宮 いちご発祥の地」の石碑も残っています)。加えて、冬に晴れの日が多く雨が少ない気候にも恵まれ、東京市場に近い立地も追い風になりました。
平成6年以来、旧二宮町・真岡市として全国トップの座を守り続け、2023年には自ら「いちご王国栃木の首都」を宣言するまでになっています。県主催「いちご王国グランプリ」の最高賞(農林水産大臣賞)も全13回中6回を受賞と、量だけでなく質でも他の追随を許していません。
注目のトレンド:7年がかりで生まれた"待望の新品種"「とちあいか」

全国的な知名度でいえば、いまも主役は「とちおとめ」です。ですが栃木県は今、次世代品種「とちあいか」への切り替えを静かに進めています。
この「とちあいか」、実はとんでもない狭き門をくぐり抜けて生まれた品種です。
いちごの品種開発では、1年目に約10,000株あった苗が、5年後には1株残るか残らないかというシビアな世界。とちあいかは2011年度に「栃木32号」と「09-48-5」を交配してスタートし、研究員が育成中のいちごを次々と味見しながら選抜を重ねました。多いときには1日数百個を試食したというから驚きです。
開発の背景には「主力のとちおとめが萎黄病という土壌病害にかかりやすい」という生産者の悩みがあり、その弱点を克服する耐病性品種として育てられました。交配から数えて品種登録出願まで約7年、名前が「とちあいか」に決まり都市部への出荷が本格化したのは2020年。まさに"待望"の品種だったのです。
味わいも、この努力の結晶です。酸味が少なく、口に残るのは強い甘み。ヘタの部分がくぼんでいるため、半分に切ると断面がきれいな「ハート形」に見えるのも人気の理由です。栽培する側にとっても、とちおとめより収穫量が3割ほど多く、収穫時期も2週間ほど早いといいことずくめ。半世紀続く王座を、今度は次の世代の品種でさらに強化しようとしている——それが「とちあいか」の正体なのです。
地元での楽しみ方(ご当地グルメ・食べ方のコツ)
いちご生産量日本一のまちだけあって、真岡市にはいちごを使ったご当地グルメがずらり並びます。
なかでも人気なのが、真岡産いちごを1パックまるまる(200g以上)ぜいたくに使い、ふわふわのスポンジで隙間なく巻き込んだ「いちごロールケーキ」。すべて手作りのため数量限定で、午前中に売り切れることも珍しくない人気ぶりです。
産地でしか出会えない希少品種「とちひめ」を専用の陶器でミルクアイスと混ぜ合わせて仕上げる「とちひめジェラート」は、通年を通して不動の人気No.1。さらに、注文を受けてから果物をカットしシロップまで手作りする「日本一のかき氷」を目指す専門店まであり、変わり種の「いちご飯チャーハン」も気になるところです。いちご愛の本気度がうかがえるラインナップです。
食べ方にもちょっとした裏ワザがあります。
県公式いわく、いちごは先端(とがっている方)ほど糖度が高いのだそうです。つまり、ヘタに近い方からかじりはじめれば、最後の一口でいちばん甘い部分を味わえるということ。知っているだけで、いつものいちごが少し特別に感じられる豆知識です。
生産だけでなく、消費でも栃木県民のいちご愛は本物のようです。
総務省「家計調査」(2人以上世帯の都道府県庁所在市・政令指定都市ランキング、直近の令和5〜7年平均)によると、宇都宮市はいちごの「支出金額」(1世帯が1年間に使った金額)と「購入数量」(買った重さ)のどちらでも全国1位。生産量日本一の栃木県、その県庁所在地・宇都宮市がまさかの消費量でも日本一というわけです。県全体で見れば『つくる』も『食べる』も日本一という、二重の栄冠を手にしていることになります。
ちなみに以前の集計期間(平成30〜令和2年平均)では2位だったので、ここ数年でさらに「いちご愛」が強まったとも言えそうです。作るのも食べるのも大好き、というのが栃木県のいちご文化のようです。
訪れるならここ(代表的スポット)
真岡市のいちご狩りシーズンは例年12月頃から翌年5月上旬頃まで(早い農園では11月下旬に開園することも)。真冬から初夏まで、半年近くにわたって楽しめるのも大きな魅力です。
規模で圧倒的なのが「井頭観光いちご園」。
地元の農家4軒が力を合わせて運営し、土耕栽培ハウス38棟・高設ベンチのハウス12棟、合わせて50棟ものビニールハウスが並ぶ北関東最大級のスケールです。年間の来園者はおよそ3万6,000人にのぼります。60分間の食べ放題で、甘みと酸味のバランスがよい定番「とちおとめ」と、酸味控えめで濃厚な甘さの新品種「とちあいか」を心ゆくまで味わえます。
「品種を食べ比べたい」なら、「野口英雄イチゴ園」が本命です。
なんとその品種数は8つ。「とちおとめ」「とちあいか」に加え、産地でしか出会えない“幻のいちご"「とちひめ」、1粒25g以上になることもある大玉で糖度と酸味のバランスが自慢の「スカイベリー」、酸味が少なくミルクのようにまろやかな味わいの白いちご「ミルキーベリー」、桃のような香りが漂う珍しい「桃薫(とうくん)」、さらに「やよいひめ」「よつぼし」までそろい踏み。
ひと粒ごとに味の違いを確かめながら選べるので、お気に入りの品種を見つける「食べ比べ探検」が楽しめます。買って帰りたい派には、いちごスイーツが人気の直売所「道の駅にのみや」もおすすめです。真岡市内だけでこれだけの選択肢がそろっているのも、生産量日本一のまちならではの贅沢です。
おうちで楽しむなら、ふるさと納税も
現地まで足を運べなくても大丈夫。
真岡市はふるさと納税の返礼品としてもいちごが大人気です。公式特設サイト「いちご王国栃木の首都もおか」では、看板品種「とちあいか」の定期便・食べ比べセットのほか、地元でしかほとんど流通しない希少品種「とちひめ」――通称"幻のいちご"も返礼品としてラインナップされています。
ふるさとチョイス・楽天ふるさと納税・JRE MALL・セゾンのふるさと納税など主要ポータルでも取り扱いがあり、旬は11月下旬〜3月下旬頃。冬のお楽しみとして、ぜひ先行予約をチェックしてみてください。
まとめ
栃木県のいちご生産量日本一は、寒暖差の大きい気候や豊かな水資源という「天の恵み」だけでなく、仁井田一郎氏が切り拓いた促成栽培の技術、そして半世紀にわたる品種開発という「人の物語」に支えられた記録でした。
57年連続日本一という数字の裏には、県内No.1・真岡市の圧倒的な作付面積や、7年がかりで生まれた「とちあいか」の開発秘話まで、知れば知るほど「へぇー」とうなずきたくなるエピソードが詰まっています。次に栃木のいちごを一粒口にするときは、その甘さの向こうにあるストーリーも、ちょっと思い出してみてください。
✅出典
